七夕の由来や歴史について深く知ってみよう

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あなたもこどもの頃に短冊に願いを書いて笹の葉に吊るしたことがあるのではないでしょうか。
そして7月7日は織姫と彦星が年に一度逢える素敵な日ということも、多くの人が知っていることでしょう。

ではどうして”たなばた”と読むのでしょう?
七夕の始まりについては?

馴染みがあっても知らないことは意外と多いですね。
今回はそんな七夕について改めて由来や歴史とともに振り返ってみましょう!

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中国で始まった七夕の伝説と祭り

昔は様々なもの、文化を中国から輸入していました。
七夕もその例外にもれず起源は中国です。
詳しく見ていきましょう。

織女星と牽牛星の伝説

そもそもの物語はどんな内容だったのでしょうか。
wikiにはこうあります。

こと座の1等星ベガは、中国・日本の七夕伝説では織姫星(織女星)として知られている。織姫は天帝の娘で、機織の上手な働き者の娘であった。夏彦星(彦星、牽牛星)は、わし座のアルタイルである。夏彦もまた働き者であり、天帝は二人の結婚を認めた。めでたく夫婦となったが夫婦生活が楽しく、織姫は機を織らなくなり、夏彦は牛を追わなくなった。このため天帝は怒り、二人を天の川を隔てて引き離したが、年に1度、7月7日だけ天帝は会うことをゆるし、天の川にどこからかやってきたカササギが橋を架けてくれ会うことができた。しかし7月7日に雨が降ると天の川の水かさが増し、織姫は渡ることができず夏彦も彼女に会うことができない。星の逢引であることから、七夕には星あい(星合い、星合)という別名がある。また、この日に降る雨は催涙雨とも呼ばれる。催涙雨は織姫と夏彦が流す涙といわれている。

日本で知られている内容と大きくかわりませんね。しかし長い歴史と広大な土地を持つ中国。
各地でさまざまなバリエーションがあるそうです。
調べてみるものよいかもしれませんね。

中国で始まった行事、乞巧奠(きこうでん)

七夕 乞巧奠

撮影:omatully

「乞巧奠(きこうでん)」は、七夕伝説にあやかって機織りや裁縫が上達する(巧くなる)ようにお祈り(乞う)をする行事で5世紀の中国で始まりました。
7月7日に庭先の祭壇に針などの道具を供え星に祈ります。
時代がすぎると機織りだけでなく、芸事や書道の上達も願うようになりました。

日本に伝わり交わった様々な”たなばた”

棚機つ女(たなばたつめ)と七夕

実は七夕伝説とは別に日本には、「棚機つ女(たなばたつめ)」という、年に一度棚機つ女が水辺の小屋にこもって布を織りながら、水野神の来臨を待ち、神と一夜と過ごし、災いや穢れを祓うという禊(みそぎ)行事が古くからありました。

宮中で行われた七夕祭り

七夕 星祭り

里芋の葉

平安時代に中国の「乞巧奠」が伝わり、「棚機つ女」と交じり合い宮中でも星祭りが行われるようになります。
清涼殿(天皇が過ごす場所)の東の庭に机を四脚並べ、桃や梨、なす、うり、大豆、干し鯛、アワビなどを供え、ヒサギの葉1枚に金銀の針をそれぞれ7本刺して、五色の糸を撚り合わせたようなもので針の穴を貫きました。そしてお香を焚いたり、音楽を奏で、詩歌を楽しみました。

里芋の葉にたまった夜つゆを「天の川」のしずくと考え、それで墨を溶かし、神聖な祭具としてよく使われる梶の葉に願い事を書いていました。
願い事は主に、機織りや詩歌の上達や織姫と彦星が出会えることでした。

宮中の方たちはロマンチックだったようですね。
今でも冷泉家では宮中で行われていた乞巧奠が見られるようです。

農村部で行われた七夕祭り

宮中で行われた七夕祭りは農村部にも広がります。
稲が成長を願う雨乞い、田畑の収穫を感謝する祭り、「盂蘭盆会(うらぼんえ)」「七日盆(なぬかぼん)」といった祖先の精霊迎えといった既に古くから行われていた各地の行事と混じり合います。
このような七夕祭りは中国や他のアジアでは見られず、むしろ伝説では水は二人を離れ離れにさせる悪いものと考えられていることが多いようです。

七夕の語源

日本の様々な風習や神事と交じり合った七夕祭り。
なぜ「七夕」を”たなばた”と読むのでしょうか。

もともと「棚機つ女」の読みやお盆で使われる「精霊棚(しょうりょうだな)」と「幡(ばん・はた)」からきていたため、「棚機」や「棚幡」という字で”たなばた”とされていました。
7月7日の夕べに行われるため「七夕」という漢字があてられるようになりました。

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江戸時代の庶民の祭りから現代へ

江戸の七夕

江戸時代になると幕府は五節句を制定しました。
五節句とは今でも行われているひな祭りや五月人形、そして七夕です。
庶民に広まった七夕祭りも人々は野菜や果物をそなえ、詩歌や習いごとの上達を願いました。
宮中とは違い、梶の葉のかわりに五つの色の短冊に色々な願い事を書いて笹竹につるし、星に祈るお祭りと変わっていきました。

中国には古代より五行と呼ばれる5つの元素からなると言われており、これにちなんで緑・赤・黄・白・黒の五色の短冊をかざります。
短冊には物欲よりも技術の上達を願うことが良しとされました。
笹には短冊だけでなく、吹き流し、網飾り、折り鶴、神衣、巾着、くずかごなど様々なものを飾ります。
ひとつひとつに、豊作や金運上昇などの意味が込められています。

また、たらいに水を張り、梶の葉を浮かべ、そこに織女星とひこぼしの二つの星を映して、おりひめとひこぼしが無事に会えるようにと祈ったのです。

現代の七夕

中国から始まり、日本における七夕を簡単ですがご紹介してきました。
けれども現代においては神事の要素はあまり受け継がれていません。商店街のイベントとしての側面が強いようです。
それでも日本三大七夕祭りと呼ばれる「仙台七夕まつり」、「湘南ひらつか七夕まつり」、「安城七夕まつり」は毎年100万人を越える人を集め、大盛況となっています。
また上記以外でも100万人を越える七夕祭りもいくつかあり、年々盛り上がりをみせています。
きらびやかな飾り、豊富な屋台と現代の楽しみ方もたくさんあるので、大きな七夕祭りに参加するのもワクワクしますね。

最後に

簡単でしたが七夕についてご紹介しました。
現在伝統的な神事としての七夕に触れるのは中々難しいかもしれませんが、短冊には昔ながらの願いを書いてみるのも良いかもしれません。

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